いつも被害者になってしまう。そこから抜け出せないのはなぜ?
「どうして、いつも私ばかりこんな目に遭うんだろう」
「相手が悪いのに、なぜか最後には私が悪いことになっている」
「嫌なことをされても、言い返せない。ずっと我慢して、限界が来てから怒りがこみ上げてくる」
人間関係のなかで、こんな経験を繰り返していませんか?
相手の言動に傷つき、怒りや悲しみを感じる。
でも、その気持ちを伝えられない。
相手に分かってほしいと思う一方で、分かってもらえないことに苦しみ続ける。
そして、また同じような人間関係に巻き込まれてしまう。
もし、そんな繰り返しに心当たりがあるなら、少し立ち止まって考えてみてほしいことがあります。
それは、相手が何をしたかという問題と、自分がその状況から抜け出せるかという問題は、別だということです。
本当に、相手が悪いのに?
「被害者になってしまう」と聞くと、被害者意識が強いとか、何でも人のせいにするといった意味に受け取られることがあります。
けれど、実際に傷つけられたり、不当な扱いを受けたりしている人もいます。
相手が暴言を吐いた。
約束を破った。
こちらの気持ちを無視した。
こうしたことまで、自分の受け取り方の問題にする必要はありません。
相手がしたことの責任は、相手にあります。
ただ、ここで考えてみたいのは、その出来事が起きたあと、自分のなかで何が起きているか、ということです。
相手にひどいことを言われたとき。
「そんな言い方をしないでほしい」と伝えられる人もいれば、何も言えなくなってしまう人もいます。
その場では笑ってごまかし、帰宅してから悔しさでいっぱいになる人もいます。
相手の機嫌を損ねないように、必死に説明したり、誤解を解こうとしたりする人もいます。
そして、どれだけ努力しても相手が変わらないと、無力感に襲われてしまう。
同じように傷つく出来事が起きても、その後の展開は人によって違います。
その違いを生み出しているものの一つが、過去の経験を通して身につけた反応なのです。
嫌だと言えなかった人が、嫌だと言えるようになるまで
たとえば、子どもの頃。
親の機嫌が悪くなると怒鳴られた。
自分の意見を言うと否定された。
嫌だと言っても聞いてもらえなかった。
そんな環境で育った子どもにとって、自分の気持ちを主張することは、単に勇気がいるというだけではなかったかもしれません。
反論すれば、もっとひどいことになる。
嫌だと言えば、見捨てられるかもしれない。
相手を怒らせないようにしていれば、少なくとも、その場をやり過ごせる。
そうした経験を重ねるなかで、相手の顔色をうかがうことや、自分の気持ちを抑えることが、生きていくために必要な方法になっていくことがあります。
大人になってからも、似たような場面に遭遇すると、身体が緊張したり、頭が真っ白になったり、言いたいことが言えなくなったりする。
頭では「嫌なら断ればいい」「そんな人とは距離を取ればいい」と分かっていても、実際にはできない。
それは、意志が弱いからとは限りません。
以前の経験から身についた反応が、今の人間関係でも働いている可能性があるのです。
かつて自分を守るために必要だった反応が、今の自分を苦しい状況にとどめてしまう。
そんなことが起こり得ます。
「分かってほしい」という気持ちから、離れられない
もう一つ、繰り返される人間関係のなかで起こりやすいことがあります。
それは、相手に自分の気持ちを理解してもらうことに、強くとらわれてしまうことです。
「私がどれだけ傷ついたか、分かってほしい」
「私が悪いわけではないと、認めてほしい」
「どうして、あんなことをしたのか説明してほしい」
そう思うのは、不思議なことではありません。
傷つけられたのなら、相手に理解してほしい。
自分の気持ちを踏みにじられたのなら、きちんと向き合ってほしい。
当然の願いだと思います。
けれど、相手がこちらの気持ちを理解しようとしない人だったら、どうでしょうか。
何度説明しても、言い訳をする。
こちらの訴えを否定する。
逆にこちらを責めてくる。
そんな相手に、さらに分かってもらおうと努力し続けると、自分の時間やエネルギーが、相手を変えることに費やされてしまいます。
そして、相手が変わらない限り、自分は前に進めないように感じてしまう。
ここに、抜け出しにくい構造があります。
自分の人生を取り戻すために、相手の理解や謝罪が必要条件になってしまうのです。
もちろん、相手が自分のしたことを認め、謝罪し、関係が改善するなら、それは望ましいことかもしれません。
でも、相手がそうするかどうかは、自分では決められません。
自分の人生を、相手が変わるかどうかに委ねたままでいると、いつまでも相手の反応に振り回されてしまうことがあります。
被害を受けたことと、これからの人生は別の問題
ここで、誤解してほしくないことがあります。
それは、「相手のせいにするのをやめましょう」という話ではない、ということです。
実際に傷つけられた人に対して、自分にも原因があったのではないかと考えるよう促すことは、かえって苦しみを深める場合があります。
相手のしたことを、自分の責任にする必要はありません。
一方で、相手の責任を認めることと、自分がこれからどう生きるかを考えることは、両立します。
相手が悪かったとしても、今後も同じような関係を続ける必要はありません。
相手が謝らなくても、距離を取ることはできます。
自分の気持ちを理解してもらえなくても、自分の気持ちを大切にすることはできます。
そして、すぐにそうできなくても、かまいません。
これまで自分の気持ちを抑えることで身を守ってきた人にとって、嫌だと伝えることや、相手から離れることは、簡単ではないかもしれないからです。
まずは、自分がどんな場面で何も言えなくなるのか、何を怖れているのかに気づくことから始めてもよいのです。
変えるべきなのは、自分を責めることではない
人間関係で傷ついたとき、自分を責める人がいます。
「私がもっとしっかりしていれば」
「はっきり言えない私が悪い」
「また同じことを繰り返してしまった」
けれど、自分を責めることによって、次からうまく対応できるようになるとは限りません。
むしろ、自分を責める気持ちが強くなるほど、相手に何か言うことが怖くなったり、自分の判断に自信が持てなくなったりすることもあります。
必要なのは、これまでの自分を否定することではなく、自分の反応を理解することです。
なぜ、嫌だと言えなかったのか。
なぜ、相手の機嫌があれほど気になるのか。
なぜ、もう離れた方がいいと分かっているのに、離れられないのか。
そこには、その人なりの背景があります。
そして、反応の背景を理解することと、その反応にこれからも従い続けることは、同じではありません。
過去の経験によって身についた反応は、頭で考え方を変えるだけでは、なかなか変化しないことがあります。
相手の声や表情に身体が強く反応してしまう。
何かを言おうとすると、喉が詰まる。
断ろうとすると、強い不安が押し寄せる。
そうしたときには、思考だけでなく、感情や身体の反応にも目を向けていくことが大切です。
自分のなかで何が起きているのかを理解し、少しずつ違う反応や選択肢を増やしていく。
その積み重ねが、これまでとは違う人間関係につながっていくことがあります。
相手を変えることより、自分の人生を選べるようになること
誰かに傷つけられた経験は、なかったことにはできないかもしれません。
相手を許す必要も、無理に関係を修復する必要もありません。
親であっても、パートナーであっても、職場の人であっても、関係を続けるかどうかは、自分の人生にとって何が必要なのかを考えながら決めてよいのです。
目指したいのは、何をされても傷つかない人になることではありません。
傷つくことがあっても、自分の気持ちを無視しないこと。
嫌なことを嫌だと感じてよいこと。
必要なときには、相手と距離を取ったり、助けを求めたりできること。
そして、自分の人生を、相手の言動だけで決めずにいられることです。
もし今、いつも同じような人間関係で苦しんでいるのなら、問いかけてみてください。
「相手に何をしてほしいのか」だけではなく、
「私は、本当はどうしたいのだろう?」
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
これまで相手に向けてきた意識を、少しずつ自分自身にも向けていく。
そこから、新しい選択が始まるかもしれません。
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トラウマリリース|松村まり
臨床心理士・公認心理師・SEP

